ブラック・サバスを通して聞くヘビーメタルの「本質」とは何か?(前編):Deep Music Experience 第3回

by Shinichi Hiramoto(2017.9.9)

日本国内では各レコード会社や雑誌などの宣伝媒体によって長らく隣り合わせにプロモートされてきたためか、「ヘビーメタル」と「ハードロック」と言う二つの音楽形態が一緒くたに語られることが多く、ファン層の間にもその本質的な違いが明らかでは無い状況が続いているように思えます。
今回のコラムでは前回また前々回の記事を通して紹介しました。
「深く音楽を体感するための勧め」6箇条に従い、個別の音楽形態の持つ感覚的な「力」の傾向、即ちその「本質」を識別しながら音楽を聞くことの楽しさを「ヘビーメタル」と言う実例を通して紹介しようと思います。

今一度復習しますと音楽の「本質」はまず何よりも経験を通して、即ち我々の五感を通して知覚される「感覚」と深く向き合って行くことにより見出されることを指摘しました。これを「経験主義」と呼びましたが、要は全ての価値観、知識や概念形成は知覚による経験を基にして形成される、知覚無くして「現実」把握は有り得ないと言う古代ギリシャより理解されてきた当たり前の真理に基づいています(注1)。
この五感に基づき得られた経験・感覚の傾向や性質の「良し悪し」や「美しさ」(注2)を分析、評価、言語化する哲学の分野はaesthetics、「美学」もしくはより正確に「感性美学」と呼ぶべきものです。その感性美の観点から感覚的にヘビーメタルを感じていきましょう!

ヘビーメタルもハードロックもどちらもロックの系譜にある音楽であり、それ故単純な音楽性の観察では共通してブルースからの影響があるのは確かですが、その曲調や歌詞から感じ取られる精神的傾向、雰囲気、感性美、様式美においてそれ以前のロックンロールやハードロックとは決定的な違いがあることは確かです。
その「違い」を決定的に打ち出し、その後のバンド勢に多大な影響を与え、「ヘビーメタル」の誕生と同時に完成形の一つを提示したバンドが居ます。
1970年に衝撃的なファーストアルバムでデビューしたブラック・サバスです(Black Sabbath)。Black Sabbathをヘビーメタルの開祖とするのは評論家の間でもメタルファンの間でも一般的に認められているところですが、問題は何故彼らの音楽がそれ以前のロックとは違い「ヘビーメタル」と呼べるのかと言う点です。
音楽理論的な形式的な違いの探求は他の専門家に任せ、ここでは前後編と2回に分け、より深く、音楽を聞いて受ける感覚から導き出される感性美の観点からBlack Sabbathの音楽の「本質」を追及します。それにより如いては彼らを源流としてそれ以降のヘビーメタルに流れ続ける、共通した指標としての「本質」が幾つか見えてくるので今後のコラムでヘビーメタルをさらに深く追求していくための基礎になるかと考えます。

ファーストアルバムをかけるとまず耳にするのが不気味な教会の鐘の音をバックに雷と雨の音の中から一気に叩き出されるズルズルと遅く、重圧で暗いリフが凄いインパクトで圧し掛かるタイトル曲です(注3)。
そこには60年代後半を彩ったフラワーチルドレン達の理想主義、平和主義や一種軽薄で楽観的な存在肯定、サイケデリックなドラッグによる影響を曲にそのまま反映させていく色艶やかな感覚などは一切聞こえません。また同時代のDeep Purple、UFOやLed Zeppelinのようなハードロックバンド達が持ち合わせていた華やかなロックスター的な感覚、如何にもsex, drugs and rock’n rollと言ったステレオタイプに乗るようなアティチュードや音感覚も感じ取れない(注4)。
聞こえるのは「闇」、軽薄な「ノリ」では無く徹底的なヘビーさ、明るさでは無く恐怖感、希望の無さ、全てが終幕を迎える無力感、終わり行く人類に対する絶望の重さ(注5)。
その感覚は歌詞の内容にも反映されておりバンド名をそのまま課したこの1曲目は新約聖書のヨハネの黙示録にて展開されるようなキリスト教の世紀末論を思わせる「世界の終わりの日」の光景を歌っています。
しかしここにはキリスト教の神学通りの「世界の終わり」に約束されたキリストの再誕による救済は一切無く、あるのは悪魔的な「黒い影の人物」がもたらす破壊と恐怖だけです。
「神」が不在である世界において人類自身の愚かさから約束された絶望です(注6)。

こう言った人類そのものに対して感じる絶望的な状況は彼らの世界・社会情勢の観察にも理想や、希望的な幻想を廃した、はっきりとした現実主義として表れます。
例えば、戦争を主義主張も大儀も無い、権力による命の弄びとして観察するWar Pigsと言う曲では:

「政治家たちは隠れまわる
彼らは戦争を始めるだけだ
何故前線で戦う必要がある?
殺し合いは貧しいもの達にやらせれば良いのだ」

と戦争を特に政治論的に批判するでも、平和主義を訴えるわけでもなく、率直にその愚かしい現実を歌っています。

また原子力に支配された意識が生む、未来無き世界を歌うElectric Funeralでは:

「空の反射が来たる死を警告する
嵐が来る、隠れた方が良いぞ、放射能の波が押し寄せる
空を走る閃光は家々を粉々にし
人々を粘土へと変え、放射能は理性的意識を腐敗させる
ロボットのように考えることを止めた奴隷たちの意識は憤怒に任せた原子力利用へ繋がり
プラスチックの花々、溶ける太陽、そして掠れる月が落ちるのは

放射能の死の世界、きちがい達の欲求不満の被害
炎に包まれる地球、それはまるで電子的な火葬の炎のようだ」

と原子力に支配された冷戦期の世界を表象的なイデオロギーや政治の問題では無く、根本的に良し悪しを考える行為をロボットの如く忘却した人類の愚かさの産物として率直に捉えています。

戦争や世界情勢では無く集団社会の残酷な性質を直視するSabbath Bloody Sabbathでは:

「誰一人として教えてはくれない
彼らに物事のありようの理由を聞いても
彼らは君がただ「一人」なんだと跳ね除け
君の頭の中を嘘で埋め尽くすだけだ」

と建前や嘘の柵に形作られた社会の中で真実を追究する個人が冷酷にも跳ね除け者にされる事実を見据えている。

こう言った現実の冷酷で絶望的な状況を直視する音感覚から導き出されるBlack Sabbathの本質的な独自性とは何なのでしょうか?次回、この世界の過酷で愚かな現状から決して目を逸らす事の無いBlack Sabbathの現実主義的な傾向が意図せずともニヒリズムと呼べる「本質」を形成している様を追及していきます。


(注1)その逆、即ち概念を「経験・感覚」を純粋に感性的に吟味した結果から生成するのでは無く、概念を先天的に存在するものと誤って認識し、感覚から隔離し概念を絶対とする、また経験を吟味せず事前に作られた概念へと還元する行為は真理に基づいておらず、不自然な行為である上に誤った現実把握に繋がると言えるでしょう。

(注2)ギリシャ哲学の認識において「良し悪し」とは主観的価値観では無く普遍的な「正しさ」「正義」や「善」を持ち合わせているかの感覚的強弱を意味する。「美」も同じく主観性とは無関係に普遍的に「美しい」即ち形式や表面を超えた「永遠性」、手に入れる又は経験できれば「完成された幸福」へと繋がる「経験・感覚」を意味する。筆者自身はこう言った認識に同意しており、音楽から受ける感覚を言語化する上で利用しています。

(注3)この単音を大げさなまでに重く、遅く、長く引き伸ばして演奏するリフスタイルを完成させ、効果的に使用したことはBlack Sabbathの専売特許と言えます。彼らはこう言ったリフスタイルに止まらず後のスラッシュメタルなどにも通ずる早いリフやプログレ的に多様な音楽性を自在に操るバンドですが、このトレードマークとも言える重たく遅いリフスタイルは衝撃的なだけにそれのみを受け継ぎ、音楽性の中心とした「ドゥーム・メタル」と言うメタルのサブジャンルにも発展することとなります。

(注4)正確にはOzzy Osbourne時代のBlack Sabbathはキャリア通してアルバムごとに1・2曲はロックンロール的な感覚の残った曲もあるのですが(例:ファーストアルバムの時点では「Evil Woman」や「Warning」など)、こう言った傾向は決してバンドの本筋では無く彼らのより独自性が強く完成度の高い曲には無い傾向です。しかしバンドそのものはその後のドラッグ遍歴も長く、決してsex, drugs, and rock’n rollな生活から離別していたわけではありません、この記事において言うのは曲から受ける感覚、感性美においてはそう言ったロックンロール的な軽さは大体の曲からは聞き取れないと言う意味です。

(注5)Black SabbathやJudas Priestと言った最初期にヘビーメタルの音楽性を決定付けたバンド達はイギリスのウエスト・ミッドランズに属するバーミンガムと言う工業都市出身です。後にインタビューで彼ら自身も追憶していますが、彼らをヒッピー達のような理想主義や楽観性へと向かわせなかったのはバーミンガムの環境の影響が大きかったとの事。彼らの現実主義的な観点と感性を形作ったのはいまだ第二次大戦による破壊の後が垣間見られる復興途上のバーミンガム、汚染された川とモクモクと煙を吐き出す工場群の中で、決して恵まれた環境とは言えない労働者階級の子供たちとして退廃した現実を見ながら育った経験だったと言えます。ドキュメンタリー「Heavy – The Story of Heavy Metal」参照のこと。

(注6)この点も含み複数の要素でBlack Sabbathはニーチェ論的な側面を持ち合わせているのですが、ヘビーメタルとニーチェ哲学に関しては別の機会に深く追求しようかと思いますのでここでは言及しません。

(注7)歌詞は全て筆者意訳