短命のロックステディであるが、ジャマイカ音楽の発展には必要不可欠だった!

So Sasatani(2017.08.19)

スカ、ロックステディ、レゲエと変貌を遂げるジャマイカの音楽、今回はスローなテンポで甘い歌詞が特徴のロックステディについて書いてみます。

ロックステディ期に入っても、スカの時代からジャマイカの音楽を牽引しているコクソン・ドッドとデューク・リードの存在はやはり大きいままでした。
レーベル『スタジオ・ワン』を立ち上げたコクソン・ドットの勢いは一時、デューク・リードを飲み込んでいましたが、デューク・リードもロックステディ期に入ると巻き返してきます。

彼のレーベル『トレジャー・アイル』はシルバートーンズ、パラゴンズ、ジャマイカンズなど数々のグループバンドの録音をし、ロックステディの音を確立しました。

日本ではサッポロ ドラフト・ワンのCM曲で知っている人が多い「Tide is High」は様々なアーティストにカバーされていますが、パラゴンズがオリジナルなのです。
心地いいロックステディのリズムと聞き馴染みのあるメロディが混ざれば、天にも昇ってしまいそうなほど気持ちがいいものです。

さらに、デューク・リードはデルロイ・ウィルソン、ボブ・アンディ、フィリス・ディロンなどのソロアーティトを見出しました。

デューク・リードの勢いに負けじと、コクソン・ドットはキーボード奏者のジャッキー・ミートゥーを中心としたバンド演奏でケン・ブースやデルロイ・ウィルソンを録音します。
コクソン・ドットとデューク・リードがお互いにアーティストを引き抜いたりし音楽ビジネスに切磋琢磨したからこそ、ロックステディ期に数々の名曲が生まれたとも言えるのです。
また、コクソン・ドットが巻き返したのはヘプトーンズの存在も大きいようです。
ヘプトーンズは三人組のコーラスグループで見事なコーラスワークを聞かせてくれます。
ロックステディ期の大きな特徴の一つにはコーラスグループがあり、それは70年代のルーツレゲエにもそのまま引き継がれていきます。

コーラスグループはヘプトンズの他に先ほど紹介したパラゴンズ、メロディアンズ、テクニークス、カールトン&ザ・シューズなどがいます。

コーラスグループの台頭もジャマイカの音楽の大きな変換点となっているのです。
コーラスグループ縛りで音源を集めて聴き比べてみるのも楽しいかもしれませんね。想像しただけでワクワクします・・。

ロックステディ期のジャマイカではアルトン・エリスの影響力は大きく、「あんな風に歌えれば」と彼の歌唱法を受け継いだアーティストはたくさんいます。デニス・ブラウン、フレディ・マクレガー、シュガー・マイノットなど第一線で活躍し続けたシンガーも彼の影響を受けているのです。「レゲエといえばボブ・マーリー」といったように、「ロックステディといえばアルトン・エリス」といっても過言ではありません。

彼は当時のジャマイカではボブ・マーリーよりも大きな存在だったのだとか。

ロックステディの父とも言われるそんなアルトン・エリスをスタジオ・ワンへと引き抜いたコクソン・ドットは、彼をイギリスツアーに同行させました。その結果、イギリスにおいてもアルトンエリスの人気は止まりませんでした。
彼の歌の内容はというと、デューク・リードの元で活動していた時期にはジャマイカの社会問題についてよく歌っていました。しかし、彼が住んでいたのはキングストンのゲットーだったこともあり、反社会的な人々から狙われるようになりました。

そういった経緯もあり社会的な歌は控えて、コクソン・ドットの元では「愛」についての名曲を生み出しました。

なんと、そのほとんどは妻に書いた歌だったといいます。ショーン・ポールなどダンスホールのアーティストもカバーしているアルトン・エリスの名曲「I’m Still in Love」は妻と別れた時の悲しい気持ちを歌ったものでした。やはり恋の歌は万国共通のようですね。

ロックステディ期に忘れてはならないシンガーはもう一人いますね。そう、Mr.Rockstedyことケン・ブースです。今にも感情が爆発しそうかと思いきや、妖艶な雰囲気で哀しげに歌いあげたり、「唯一無二」のシンガーであるといえます。

美しく品を持って歌うのがアルトン・エリスなら、人生の酸いも甘いも感じさせる渋さを持って歌うのがケン・ブースです。彼はロックステディ期に入ると柔和さも加わったような歌い方へと変化していき、さらに歌声に磨きをかけていきました。

コクソン・ドットがアルトン・エリスを引き連れたイギリスのツアーにはこのケン・ブースも同行していました。ケン・ブースはスタジオ・ワンで数々のヒット曲を飛ばし、ロックステディを牽引していきます。

そのロックステディ期が終焉に向かっていく頃も彼の勢いは衰えなかったようです。1974年に発表した「Everything I Own」は日本のレゲエの現場でもよく掛かる珠玉の一曲となっています。
元々は1972年にソフトロックバンド「ブレッド」が亡き父のために書いた曲でした。
ケン・ブースの歌声と同曲の哀愁がマッチし、「Everything I Own」のカバーはイギリスで大ヒットを果たしました。

ロックステディ期の楽曲には甘さがあり、実際にラブ・ソングが多く歌われました。しかし、だんだんとロックステディからレゲエへと変化するにつれ、ラスタの思想やバビロン(体制)に抵抗する思想が歌詞に反映されていったのです。

楽曲からメロウさは失われ、どこか攻撃的であり、良くいえばよりメッセージ性を感じられる楽曲が増えました。わずか数年で終わったロックステディ期ですが、そこで生まれた歌声は今なおジャマイカならず世界中に響きわたっているのです。

筆者は実際にレゲエの現場にいくこともありますが、イベントが始まった早い時間はロックステディが流れてきます。
ここから少し余談になりますが、スピーカーの前でメロウな楽曲に身を任せ、ハイネケンを飲んでいるのが何よりも幸せです・・。やはりレゲエは現場に行くのが一番です。サウンドシステムから流れる音を体感すれば、本能的に身体が揺れています。

異国の音楽が流れる場所、それは普段の生活とは別の世界です。
こちらの写真は乃木坂駅から降りてすぐにあるClub Cacutus。

ここには、元祖日本のDeejay「ランキン・タクシー」率いるサウンドシステム「Taxi Hi-Fi」があります。今回紹介したロックステディの名曲もたくさん流れるはず。
レゲエに興味を持ったなら一度、足を運んでみてはいかがでしょうか♪