アーティスト応援サービス開始

 alphanoteはミュージシャンの音楽活動支援プラットフォームを目指しています。7/25から8/24の1ヶ月間、アーティストを支援するサービスの一つとして物販サービスのパイロットテスト(試験販売)を実施します。

 

どんなアーティストでも自由に使えて、確実に収入を得ることのできる物販機能を開発するため、受注生産型グッズ販売の仕組み作りに挑戦します。

今回はその第一弾として

3組の登録アーティストによる

オリジナルデザインのTシャツを

完全受注生産で予約販売します

各アーティストのリンクURLから購入予約ができます。商品詳細や、購入の流れについては各ページをご覧ください。

今回のパイロットテストに協力頂きました3組のバンドを紹介します。

ペルシアンズ > うどんTシャツ

https://goo.gl/forms/MXNRaY5ES9bISQcK2

 

imo.magic.orchestra > ラブフレンズTシャツ

https://goo.gl/forms/ueHJZZ2X5rqSDJEs1

 

テコの原理 > HATE POP Tシャツ

https://goo.gl/forms/6Dyf6pveBMZj82b73

 

今までの物販の問題

旧来の、商品を製造してから販売する「作る売る」形式の物販ではアーティストの負担が多過ぎました。

 

・大量の在庫を抱え込んで、家が段ボール箱だらけの倉庫状態

・高額な初期製造費用が用意できない&回収できない

Tシャツを各種サイズ作ったが、Sサイズだけ大量に売れ残った

・売上の管理や通販の発送業務などあれこれと面倒な事務処理

・ライブの日、重たい機材と物販の運搬で疲れてヘトヘト

・活動資金を得るつもりが結局赤字になってしまった

 

物販のせいで音楽活動のために使えたはずのお金も、時間も、労力も無駄にするなんて勿体ないことです。アーティストが快適に音楽活動を続けられるよう、完全受注生産の物販システムを提案します。

 

受注販売のメリット

 

・在庫なし

・初期費用なし

・事務処理なし

・メーカー直送

・欲しいサイズが選べる

 

クラウドファンディングのようにアーティストのふとしたアイディアを実現するために、購入者を募って「売る→作る」の受注生産によって、確実にアーティストが収益を得ることのできる物販機能を作ることが今回のパイロットテストの目的です。アーティストが活動資金を獲得できる仕組み作りのために試行錯誤して参ります。アーティストが音楽活動に専念できる環境作りのお手伝いをすることがalphanoteの使命であり、全ての音楽ファンの希望だと信じています。我々alphanoteチームは、聴いたことのないような心震える音楽との出逢いを楽しみにしています。

今回のパイロットテストをご覧になって、「わたしも物販作りたい!」という方は info@alpha-connection.net までどしどしご連絡ください。

alphanote 原田卓馬

「感覚」からのヘッドホン

世の中にはヘッドホンで溢れています。

手軽に聞けるヘッドホンや業務用のモニターヘッドホンと呼ばれているものまで。

その中でも今回、議題にあげるものはモニターヘッドホンについて。

 

現在、クローズ型からオープン型まで開発されています。

それぞれのタイプで聞こえ方は変わってきます。

それらの色々なタイプのヘッドホンがある中でフラットと言われていることの意味はどこまで通用するのでしょうか・・・?

 

大雑把にクローズ型のヘッドホンでは音は近く、オープン型では音は遠く聞こえます。

体験したことがある方はわかると思いますが

聞こえ方がかなり違ってきます。(体験したことが無い方は店頭で視聴してみることをお勧めします。)

2つの聞こえ方を例えていうならば、ペペロンチーノとカルボナーラくらい違います。

どちらも同じフラットなのに耳に届く音の感覚は全く違うんですね。

ちなみに僕はカルボナーラとオープン型ヘッドホンが大好きです。

両方ともマイルドなイメージがします。

 

クローズ型の定番ヘッドホンSONYの900STでは定番と言われているものなのでさすがに音がよく聞こえます。

よく聞こえるという表現は、音がよく確認できるということです。

演奏ミスやノイズ確認などの粗探しに適していて、レコーディングの時によく使われます。

楽器の練習等でヘッドホンを使うときは900STが最適ですが、

僕は気持ちの良い音ではない感覚です。

むしろあえて硬く音が確認しやすい聞こえ方にしてあるイメージですね。

よく確認できるからといって900STで良い音が作れるとは限りません。

ちなみに900STに手を加えずナチュラルで聞くのと900STのユニットを手で抑えて耳の近くで聞くのでは印象が変わってきます。

低音の締まり具合が良くなる印象です。

同じヘッドホンなのに感覚での聞こえ方は変わってきます。

 

オープン型ヘッドホンで僕が愛用しているSENNHEISERのHD650では

音の広がりや聞こえ方は個人的にはナチュラルで、空間で聞いている感覚に近いんですね。

定位感というよりもヘッドホンでは認識しづらい前後関係まで見えてくる音像感。

立体的に音が見えてきます。

オープン型ならではだと思います。

僕の感覚ではとても気持ちのいい音です。

音作りとかもすごくしやすいですね。

(オープン型ヘッドホンが好きなので僕の意見にはかなりのバイアスがかかっています。ステマと思われないように一応・・・)

 

僕は生まれて育った環境でその人の「フラットな音」は人それぞれ変わると思っています。

人によってそれぞれ好きな音楽のジャンルがあることと、似ているようなものです。

僕自身、山や海や川や滝の自然がいっぱいある地域で育ったので密度の濃い音よりオープンな音像が好きなのかもしれません。

自分の環境に耳がチューニングされていると思っています。

自分の基準となる音が生成されるわけですね。

その基準を僕は自分のフラットな音だと思っています。

 

もし、自分のフラットな音を変えたいという方は

自分の育ってきた環境を今更変えることはできないので、現在使用している再生環境のレベルをあげて耳をワンランク上にチューニングすることは耳の基準をあげる一つの方法だと思います。

(上記音源の前半のような音がする再生環境を使って育つか、後半のような音がする再生環境を使って育つか、で自分のフラットな音が変わってくる例です。)

しかし、音を届ける人なら基準をあげすぎることも問題になります。

なぜなら、

自分の音の基準をあげても一般的な人はそれを聴き取れる環境を持っていないからなんですね。

情報量を処理できる環境や良い耳を持っていても一般の人はそれを処理できる環境や耳を持っていない場合が多いということです。

開発により音質は上がっていますが、それに応じて一般環境も音質が上がっていかないと相互ですれ違いがおきてしまいます。

前回の記事で触れている内容です。)

 

 

なので「フラット」と言われるものはすべての人の標準として大切なのだと思いますし、

今までその言葉が無くならず使われている所以なのかもしれません。

私なりの独自の解釈ですが・・・

Deejayの父「U-Roy」が憧れていたアーティストとは!?

by So Sasatani(19.07.2017)

(第一弾記事もぜひお読みください)

ジャマイカの音楽シーンを牽引し続けるDeejayたち、SuperCat,Ninjaman,Shabba Ranks,Beenie Mqnなどスターと呼ばれているDeejayが数多く存在している。

今では多くの人々から尊敬され確固たる地位を築いているDeejayだが、昔から現代のように評価を受けていたわけではない。
元々Deejayは場を盛り上げる要素が強く、イベントの進行役やレコードの紹介などを担っていた。
録音されたレコードに自らの名前がなかったことからも理解できるように、その扱いは決して良いものではなかったのだ。

今となっては実力さえあれば一躍スターとなれるDeejayであるが、その礎を築いたアーティストたちを忘れてはならない。
一般的にトースティング(リズムやビートに合わせてしゃべったり語ったりする行為)を確立したU-RoyがDeejayの始まりと言われているが、その前からDeejayは存在していた。

今回は、U-Royのトースティングの流れへと繋がる重要なDeejay「King Stitt」「Count Machuki」を紹介したい。
時代は遡り1950年代のジャマイカ、スタジオ・ワンを立ち上げたコクソン・ドッドは「ダウンビート」という名前でサウンドをしていた。
彼はアメリカに出向いて最新のレコードを手に入れ、ジャズやR&Bを掛けていた。
その「ダウンビート」の手伝いとしてKing StittのDeejayのキャリアが始まった。
King Stittの見た目は決して美しいとは言い難い。奇形とも言えるその顔であるが、逆にそれが多くの人が彼を知るきっかけともなった。
実際に「The Ugly One」というタイトルの曲もリリースしているのだ。

60年代半ばになると、サウンドシステムビジネスに力を入れていたコクソン・ドットはレコーティングにエネルギーを注いでいた。
その時Stittはというと、観光名所であるオーチチョリスでの生活を始めていた。
そんな彼をキングストンに連れ戻したのが「レゲエ」という言葉を生み出した人物とも言われているジャマイカのプロデューサークランシー・エクルズだ。
Stittは彼の元で7インチをリリースすることとなり、クランシー・エクルズのバンド「Dynamites」の演奏で彼はレコーディングを始めた。
そこでAndy Capとの「Herb Man」や「Vigorton Two」といった名曲が生まれたのだ。
さらに、「Fire Corner」のLP盤をジャマイカとイギリスでリリースした。
このアルバムはイギリスでヒットし、King Stittは徐々にレコーディングアーティストとして認められてきた。
それは、deejayに対する扱いが変わってきたことを意味する。
King Stittが確かな軌跡を残した事実は動かしがたいのだ。

U-Royに繋がるDeejayとしてKing Stittだけではなく、「Count Machuki」も忘れてはならない。

彼は、一番最初のサウンドと言われている「トム・ザ・グレート・セバスチャン」に所属していた。
そこからコクソン・ドット率いる「ダウンビート」やプリンスバスター率いる「ボイス・オブ・ピープル」へと移っていった。
彼はアメリカのラジオDJのスラングを取り入れたり、ビートやリズムを呟いたりしていた。それらがライムやヒューマンビートボックスの原型と言われている。
URoyと比べるとヒット曲や発表曲が少ない彼だが、Deejayの元祖は彼であるという説もよく聞かれる。

実はU-ROYはこの「Count Machuki」に憧れ続けていたのだ。彼の影響なくしては現代のレゲエのトースティング技法はあり得ないのだ。
U-ROY自身は「ドクター・ディッキーズ・ダイナマイト」のDJとしてキャリアを始める。
しかし、最初の頃はレコード運びなどの裏方の仕事が多かった。それから、サー・ジョージ・ジ・アトミック・サウンドやダウンビートにてマイクを握る。
その時に、DUBの創始者として知られるキングタビーからスカウトされ、ホームタウン Hi-Fiの専属Deejayとして活動を始める。
60年代の終わり頃、リー・ベリーやバニ・ーリーなどの名プロデューサーの元で彼のDeejayは録音されるものの、大きなヒットにめぐまれることはなかった。
しかし1970年にトレジャー・アイルからリリースした「Wake The Town」「Rule The Nation」「Wear You To The Ball」が大ヒットし、ジャマイカのヒットチャートを賑わした。
これにより、歌うのではなく話すようにリズムに乗せるトースティングのスタイルが確固たるものとなった。
そして、世界初のDJアルバムと言われている「Version Galore」もリリースされた。
このアルバムでは、トレジャー・アイルで活躍したアーティストの音源が使われていた。
どこかメロウな雰囲気のあるロックステディにリズムの上を踊っているようなU-RoyのDeejayが絡まっている。

今回は、U-Royの流れに繋がるDeejayを紹介した。もちろん、U-Royが確固たる地位を築いたのはKing StittやCount Machukiの力だけではない。
昔のジャマイカの音楽は名プロデューサーが牽引してきたとも言えるのだ。
次々とスタイルを変えていくジャマイカの音楽であるが、Deejayの存在は現在でも必須である。
移り変わりの激しいこの音楽、ロックステディの時代に至っては3年ほどしかなかった。
ただ、過去の音は次の未来の音へと確実に繋がっている。スタイルは変われどもDeejayはDeejay。
故きを温ね新しきを知ることにより、音楽は常に新鮮なままなのである。

日本からいちばん遠い国々の音楽  〜アルゼンチン音響派以降の前衛ポップ〜

by Hitoshi Kurimoto(2017.7.11)

世界にはありとあらゆる音楽が存在します。そのなかでも、個人的にもっとも面白いのではないかと思っているのが、中南米諸国。いわゆるラテン・アメリカといわれるエリアの音楽です。ちょうど日本の裏側ということもあって距離も離れているからか、我が国にはないエネルギーやセンスに満ち溢れた歌やサウンドを聴けるのが魅力。この連載では、そんなラテン・アメリカのユニークな音楽に注目してみたいと思います。

まず第1回目は、アルゼンチンの不思議な音楽を紹介しましょう。21世紀に入る頃、日本でも音楽ファンの間で“アルゼンチン音響派”と呼ばれるムーヴメントが紹介されたことがありました。どういうものかを覚えていなくても、フアナ・モリーナのアルバム『Segundo』(2000年)のインパクトあるアートワークを覚えている人は多いはずです。フアナ以外にも、フェルナンド・カブサッキ、アレハンドロ・フラノフ、モノ・フォンタナ、ガビー・ケルペルといった一風変わったアーティストたちが注目され、当時の輸入盤を扱うCDショップではかなり大々的に展開されていました。

では、アルゼンチン音響派(実は日本独自のネーミング)が一過性のブームだったのかというと、そういうわけではありません。アルゼンチンの音楽シーンには、彼らのような実験的なミュージシャンが生まれやすい土壌があり、今もなお進化しているのです。ここでは、この数年におけるアルゼンチンの前衛的なポップ・ミュージックを紹介しましょう。


どうしても外せないのは、やはりフアナ・モリーナです。彼女はアルゼンチンのみならずワールドワイドな活動を継続していて、コンスタントに素晴らしい新作を発表しています。3年半ぶりに発表された2017年の新作『Halo』では、それまでの宅録的な手法から一歩踏み出し、ツアー・メンバーとともにレコーディングを敢行。白昼夢のように幻想的なイメージは残しつつも、ダイナミックで土俗的な雰囲気を濃厚に醸し出した世界を作り上げています。ユニークというよりは不気味な印象に浸れるMVも、毎度驚かされます。

Juana Molina
「Paraguaya」

 


名実ともに“男性版フアナ・モリーナ”に位置付けたいのが、マルチ・ミュージシャンのアクセル・クリヒエール。1999年にソロ・デビューして以来、楽曲によってはとてもポップでキャッチーなメロディーを歌ったりもするのですが、ポップであっても屈折していてどこか変。クンビアやフォルクローレといった土着的なサウンドを取り入れながら、先鋭的なアプローチをしていくのが特徴です。2016年に発表したアルバム『Hombre De Piedra』も強烈な一枚でした。

Axel Krygier
「Invitame」

 


フロレンシア・ルイスも、フアナ・モリーナ同様にアルゼンチン音響派の流れで評価されたひとり。ただし、彼女はフアナよりももっと幽玄的でどこか浮世離れしたイメージがありました。透明感のある崇高な印象のメロディは心地良いのですが、やはり一筋縄ではいかないヒネリが感じられます。2016年にはこれまたアルゼンチン音響派のレジェンドであるモノ・フォンタナと共演してアルバムを制作『Parte』を制作。清らかな泉に異物を投げ込むような音響表現は、とても刺激的でわくわくさせられます。

Florencia Ruiz Mono Fontana
「Hacia El Final」

 


ここからは、少し最近のアーティストを紹介します。グオ・チェンという奇妙なネーミングを持ったアーティストは、ヴォーカリストでありサウンド・クリエイターでもあるマリオ・カポラリを中心としたユニット。クラシカルな管弦楽、民族楽器を含むパーカション類、そしてエレクトロニクスを絶妙にミックスし、おとぎの国から悪夢の世界まで様々な風景を見せてくれます。2016年の最新アルバム『Caballo, Yeah!』はエレクトロ色が強くなりましたが、相変わらず迷宮のようなサウンドを聴かせます。

Guo Cheng
「Time To Sound」

 


ここ最近、もっともインパクトが大きかったアーティストといえば、アオウトロの名前を挙げておきたいところです。サンプラーなどを駆使するマルコとドラマーのRKによる2人組で、なんとも奇妙な人力ブレイクビーツを作り上げるユニット。ドタバタとしたビートは初期のアルゼンチン音響派との共通性もありますが、ローファイながらも実は緻密に作り込んでいて、現在進行系の新世紀ジャズやポスト・ロックにも通じます。この作品はタイトルからも分かる通り、来日経験が反映されたものですが、なぜかフラメンコが挿入されたりする異色作。

Aoutló
「Pachinko」

 


YouTubeを徘徊してたまたま見つけたのが、シゴ・ラジョピネアルというアーティスト。エレクトロニクスを駆使した実験音楽といったイメージですが、4トラックのカセット・レコーダーにテルミンやフィールド・レコーディングした環境音をミックスして制作しており、どこか手作り感を醸し出しているのがアルゼンチンっぽい。フェルナンド・カブサッキとも交流があるようですが、実際の活動の詳細は不明です。

Zigo Rayopineal

 


このように、有象無象の不思議な音楽が蠢いている南米アルゼンチンの実験音楽シーン。ぜひ脳ミソにガリガリと刺激を与えてくれそうな、あなただけのお気に入り音楽を探してみてください。

深く音楽を体感することの勧め(後編):Deep Music Experience第2回

by Shinichi Hiramoto(2017.06.28)

前回のコラム(深く音楽を体感することの勧め(前編))にて一過性の消費物として捉えるのでは無く、音楽を友とし、己自身の価値観や心の壁を越え、ミュージシャンたちが曲に込めた想いを素直に汲み取り、深い共感覚を得ながら音楽を吸収するにはどうすれば良いのかと言う方法を紹介し始めました。今回は全6つの点の中でより哲学的な後半2つの要素を紹介します:

 

5

個々の音楽には固有の「本質」がある。
人間が用いる各種の表現手段は音楽だろうと何であろうとその制作に影響した各々の内的・外的要因の多様性から生まれる固有の「本質」(注1)があることを意識する。
「本質」とは特定の音楽の傾向や性質を最も良く集約する要素の事。
特定のバンド・ミュージシャンの「本質」、特定の曲の「本質」又はジャンル内で共通する「本質」などを感知し、探究し、気を向けながら聴くという行為にはどう言った利点があるのでしょうか?
第一に個々の音楽やジャンルなど何もかもを一緒くたにして評価したり、「高い」「低い」などと比べて聞くのではなく、各々の音楽の単一性、固有性の中でそのバンド、曲、又はジャンルを理解することを意識することに役立ちます。
第二に特定の音楽の固有の「本質」を感知・理解し、表現する行為は如いては相乗的にその音楽の内的・外的背景の理解の深まりに繋がり、最終的に自己の壁を越えて制作者達の意識そのものと通じ合う手助けとなる。
各々の音楽を単一的に理解することによって共通点も際立つため、最終的には隔たりを超え、特定の音楽どうしに共通する「本質」があることや、(注2)全ての音楽で共有されている本当の意味で普遍的な「本質」もあることが経験を通して垣間見られるでしょう。
音楽の「機能」や「意義」とは個人どうしの社会的又は感情的な意味の共有のみに止まるものなのでしょうか?それとも「意味」などを超えたより普遍的な機能を持ちえる現象なのでしょうか?各リスナーが音楽の「本質」を感知しながら探究していくことは如いてはこう言った質問にも答えを見出すことにも繋がるかもしれません。

6

音楽の探求には「史実」Factよりも「詩実」Poetic truthを求める。
個々の音楽の形式、内的・外的背景や他ジャンルへの関連性などに関して深く、広く探求しながら色々な音楽を聞き、繋げ合わせて行く行為の目的は決して完璧な史実や特定のジャンルの完全な文化的・背景的「真実」を知識として蓄積することではありません。
僕ら、音楽を愛して止まないリスナーは「正確」な史実を求める歴史学者のような姿勢で、又は物事の因果関係を固定的に明確化したい科学者のような姿勢で音楽を聴くのではなく、各々の「人生」と言う名の「旅」を歩む旅人として自由な意識で音楽と触れ合って行ければどれだけすてきな事でしょう。
旅先で出会う人々、異文化、景色などありとあらゆる経験に触れ、その経験に意味を与えながら我々一人一人が旅の経験を自分自身の「物語」へと変換し自己に吸収しながら成長するように、音楽を深く「経験」する「旅」に出、その「本質」や「内的・外的背景」を探訪していくことは聞き手自身もその「経験」を通して変化して行く生きたプロセスです。
そこに客観的な史実への執着は肝心では無く、必要なのは各個人が「生きていく」ことに有用であるように音楽を聞く行為・探求する行為・得た知識に「意味」を与えつつ、一つの開らかれた物語を書き続けるかのように「詩実」として音楽と向き合うこと。(注3)

アメリカのロックバンド、グレイトフル・デッドは自分たちの歩んできた数十年と言う長い音楽キャリアに関して自身の歌詞を引用して「Oh what a long strange trip it has been」「なんと奇怪で長い旅だったんだろう」と慈しみを持って語ったことがある。
筆者は音楽をやる・聞くと言う行為を一言で「旅」と呼ぶこの一節がとても好きだ。
グレイトフル・デッドが自分たちの音楽をファンたちと共に旅したように、我々リスナー一人一人はどう音楽を友とし、その友を通して知らぬ世界、知らぬ文化、知らぬ人々の想いの中へと「旅」出来るだろうか?そのあり方は個人の音楽との真摯な付き合い方の結果としてリスナーの数だけ生まれるものだと思います。
今回2回に亘る記事で提案してきたこれらの方法論を是非まずは一つ二つでも試みながら音楽を深く探求して行く扉の前に立ってみませんか?音楽を通して自己の深部へと深く深く入っていき、如いてはその自己を超え世界中の「他者」の作り上げた音楽の世界へと己を純粋に解放していく「旅」としての音楽、その可能性の扉を与えてくれる「友」として音楽を見つめ直していくことをalphanoteは推奨します!

次回からは今回提案したような音楽の聞き方を実際に応用し、筆者自身が探求分析した特定のバンド、曲、アルバムやジャンルなどに関する論考や紹介文を掲載していきます。次回予定は筆者が幾ら他の音楽に浮気しても絶対に立ち返る基礎として長年付き合ってきた「ヘビーメタル」に関する記事を予定しています。お楽しみに!


(注1)本質」とは一般に思われるように「変わり得ない中核」と言う意味では無く、フランスの哲学者ドゥルーズに従い、我々が感覚的に感じ取ることが出来る各々の現象の誕生や現れ方に影響を与え変化し続けるありとあらゆる多様な「要因」・「要素」・「力」の内その現象の傾向をある時と場所において最も支配する「力」”Force”のことを言う。

(注2)一見とても本質が離れているような音楽でも繋がりが見出せる例題:ブラックメタルは人類の愚かさへの完全な失望から来るニヒリズムをロマン主義的な自然賛美や、秩序の崩壊の象徴としての悪魔崇拝、神秘性を感じさせる美意識と共に暴力的に表現する音楽。それに対しブルースは黒人労働者の日常の中から生まれる受難や愛の喜びや苦しみ、キリスト教の影響を受けた戒めなどをストレートに表現する音楽。一見繋がりが無いように思えますが、最初期にレコーディングされたブルースミュージシャンの一人ロバート・ジョンソンが十字路で悪魔に魂を売り、その引き換えにギター演奏の技術を手に入れたと言う伝説などにもある通り、初期のブルースには歌詞も含め「悪魔」に纏わる要素も多く、また狂信的なまでにキリスト教の影響を受けた宗教色の強い歌詞など、アフリカンアメリカン達が母なる大地アフリカから脈々と受け継いだトライバルな信仰感覚と相成ってそこにはえたいの知れない法術性・宗教性や儀式感が漂っていることもあり意識的にそういった雰囲気を欧州的な美意識から生み出そうとしているブラックメタルとは図らずとも共通する要素もあることが感じ取れます。ブルースはクラシックと並びヘビーメタルの形成の最も元始的な影響の一つとされているので、遠いとは言え音楽的な線も見出せるですが、決して直接的な影響とは言い難い中フランスのGlorior Belliと言うバンドのようにこのブルースとブラックメタルにおける「悪魔」を介した共通性を意識してブラックメタルにブルースの要素を取り込む先祖回帰的な発展(atavism)もおこっているので強ち筆者個人だけがこれらの音楽に繋がりを見出していたわけでは無いようです。

(注3)この点において古代ギリシャの哲学者達が共通認識として持っていた「汝自身を知れ」(gnōthi seauton)、即ち己を深く探求することは如いては自己を超えた他者・世界と言う現象の理解へと繋がると言う真理は音楽においても全く同様であると言える。自己と音楽の関係性、受ける「感覚」を通した音楽に関する自己認識を極限にまで突き詰めることによって最終的には己の認識の限界を抑圧していた概念・偏見や常識を壊し、己が「自我」に隔離されていると言う幻想を超え、他者と共有される「力」に素直に心を開く道。そういう意味では著書Art as Abstract Machineにてスティーブン・ゼプケ(Stephen Zepke)博士が提案したビジュアルアートと個人の関わり方、即ちアートから受ける「感覚」を吸収し、解釈し自己の在り方、成長へと反映させていく一種の「自己の面倒を見る」ための「技術」「道具」(ギリシャ哲学におけるepimeleia heautou)として音楽と関わっていくことも可能であり、今コラムの内実はそう言った音楽との向き合い方を提案していると言えます。